陰性を持つ人は今のところ1人 新しい血液型「PIGZ血液型」を発見

~人類の遺伝的多様性の驚異と輸血上の課題~

目次

    血液のタイプを示す「血液型」には、ABO血液型やRh血液型などがよく知られていますが、実際の血液型はもっと多様です。多くはかなり稀な血液型であるため、病院の検査など、研究を意図しない場面で偶然に発見されることもよくあります。

    INSERM (フランス国立衛生医学研究所) のRomain Duval氏などは、国際学会の地域会議にて、通算48種類目となる新しい血液型「PIGZ血液型 (ピグジー血液型)」を発見したと発表しました。

    この血液型の発見のきっかけとなった「グワダ陰性」を持つ人は今のところたった1人しかしられておらず、かなり稀な血液型であることが予測されます。

    PIGZ血液型の発見は、人類の遺伝的多様性の驚異を示すと共に、輸血上の課題も示します。

    また、PIGZ血液型を決定する遺伝子変異は、先天性の神経学的障害と関連している可能性があるため、稀な遺伝子疾患の原因の特定という観点からも注目されます。

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    ヒトの血液型は本当に多種多様!

    私たちの体内を流れる血液には、そのタイプを示す「血液型」があります。通常、血液型と言えば、酸素を運ぶ細胞である「赤血球」が持つ、糖やタンパク質の種類で決定されます。

    血液型で最も有名なのは、O型・A型・B型・AB型の4種類に大別される「ABO血液型」でしょう。

    あるいは、ABOの後にプラスとマイナスが追加で書かれる「Rh血液型」を知っている人もいるかもしれません。

    しかし血液の研究が進んだ結果、他にも様々な血液型が存在することが分かっています。後述しますが、国際輸血学会が認定しているものだけでも、ヒトには48種類の血液型があります。一覧は記事末尾の表を参照してください。

    赤血球の糖やタンパク質の種類は、最終的にはその人が持つ遺伝情報、特に特定の遺伝子の変異で決定されます。

    その中には、かなり珍しい遺伝子の変異でのみ現れるタイプもあるため、病院の検査などで偶然発見される、珍しい血液型もあります。


    48種類目の血液型「PIGZ血液型」を発見

    INSERMのRomain Duval氏などは、イタリアのミラノで開催された、第35回国際輸血学地域会議にて、新しい血液型「PIGZ血液型」を発見したことを報告しました。

    これは通算48種類目の血液型として、国際輸血学会のWebページにある血液型の一覧にも登録されています。

    グアドループ島の衛星画像
    図2: グアドループ島の衛星画像。厳密には狭い海峡で二分されており、それぞれバス・テール島 (左) とグランド・テール島 (右) と呼ばれます。 (Image Credit: )


    PIGZ血液型は、カリブ海にあるフランスの海外県「グアドループ島」の住民の血液サンプルを調査した際に発見されました。

    同島に住む住民の1人 (54歳の女性) の血液サンプルを調べたところ、あらゆる人の血液サンプルに対して不適合であると判定されました。この不適合は、遺伝的に近いきょうだい3人でも示されました。

    試した範囲全てが不適合となる原因がすぐには分からなかったため、最終的には「全エクソームシーケンス」と呼ばれる、2万個以上のヒト遺伝子を全て調べる方法が取られました。

    ほとんど総当たりな調査を行った結果、この血液を持つ女性には「PIGZ」という遺伝子に変異があることが明らかにされました。PIGZ血液型の名前はこの遺伝子に由来します。

    PIGZは、細胞膜上にある重要な分子に、特定の糖をくっつけるために必要な酵素を作る役割を持ちます。

    PIGZに変異があれば、酵素が正常に作られないため、糖をくっつけることもできず、赤血球表面の分子構造が変化します。この変化に合わせた抗原が生成されますが、抗原は血液型を決定する重要な特徴であるため、PIGZの変異が新たな血液型を決定するわけです。

    この抗原は、グアドループ島の通称に因み「GWADA抗原 (グワダ抗原)」と命名されました。

    PIGZ血液型の場合、GWADA抗原を持つ人は「グワダ陽性」、持たない人は「グワダ陰性」という血液型になります。

    PIGZの変異によってGWADA抗原の有無が決まることは、ゲノム編集技術の1つであるCRISPR-Cas9によって、人為的にPIGZを変異させることでも確認されました。

    ほとんどの人はグワダ陽性である一方で、今回PIGZ血液型の発見に繋がった血液サンプルの持ち主である女性はグワダ陰性です。

    まだ発見されたばかりであることに注意する必要がありますが、とはいえグワダ陰性は今のところこの女性1人しか知られていません。血縁関係にあるきょうだいにすら見られなかったことから、グワダ陰性は極めて稀な血液型にカウントされます。

    今のところ、この女性は誰に対しても血液のドナーになることができず、逆にどの人の血液も、この女性に輸血することはできません。

    また、PIGZ血液型の発見の学術的興味深さは、単に輸血への影響に留まりません。

    PIGZ血液型を決定するPIGZは、「GPI (グリコシルホスファチジルイノシトール)」と呼ばれる分子の組み立てに関与しているためです。

    このGPIは、私たちの身体の中で実に多くの重要な役割を果たすことが分かっていますが、その構造は複雑かつ巨大です。このためGPIの組み立てには複数の酵素が絡んでおり、これらの酵素を合成するための遺伝子がいくつもあります。

    GPIの役割が重要であるために、その組み立てに関わる遺伝子の変異は重大な結果を招きます。

    具体的には、GPIの組み立てに関わる遺伝子に変異のある人は、発達遅延や発作などの神経学的な障害を抱えている可能性があります。また女性が妊娠した場合、しばしば死産を経験することが知られています。

    PIGZはGPIの組み立ての最終段階に関与することが分かっている一方、PIGZの変異と、GPIの異常による障害との関連は証明されていません。しかし、PIGZとかなり似ている別の遺伝子の変異が、この障害に関与していることが証明されているため、PIGZの変異でも起きている可能性は十分にあります。

    実際、グワダ陰性と判定された女性も、軽度の知的障害を抱えており、3人の子供のうち2人は死産、1人も1歳で夭折しています。

    この類似性は、PIGZもGPIの異常による障害に関与している事を示唆しており、今後の研究が期待されます。


    珍しい血液型の発見が示す驚異と課題

    血液型の多様性は、人類の驚異的な遺伝的多様性を示す分かりやすい指標かもしれません。

    いくつかの研究は、特定の血液型は他の血液型と比べて、ウイルス・細菌・寄生虫などの感染症に罹りやすい、または罹りにくいことを示唆しています。

    これは、病原体が細胞へと感染する侵入口として、血液型に関わる分子を利用するためです。血液型が多様であることは、ある特定の感染症で全滅することを防ぐための生物学的な適応であるとも言えます。

    例えば、マラリア原虫によって発生する「マラリア」は、特定のダフィー血液型を持つ人は罹患しにくいとされており、また民族によってABO血液型の割合が大きく異なる背景となっているという説もあります。

    一方で、このような稀な血液型を持つ人には課題もあります。

    グワダ陰性のように、極めて稀な血液型の患者に輸血が必要になった場合、大きな困難が発生します。

    あまりにも稀な血液型であるため、適合しない血液を輸血した際に問題が発生するのか、それとも大きな問題とならないのかについては、事前にはほとんど予測がつかず、詳しい研究を行って初めて判明するケースが多いためです。

    もちろん、適合する血液を持つ人を見つけるのは大変ですし、その人が献血者になれるかどうかも不明です。

    将来的に、このような稀な血液型の輸血については、今後の研究で解決できる可能性もあります。

    例えば現在の科学技術では、幹細胞から赤血球を合成すること自体は可能です。グワダ陰性のような稀な遺伝子変異であっても、変異を人工的に施せば、目的の赤血球を得ることができます。

    確実に必要な部分だけを変異させる安全性や、大量に合成する技術・コストなど、課題は山積していますが、これらの問題を解決する研究が進められています。


    付録: 血液型の一覧

    和名 英名 記号 抗原の数(※)
    ABO

    ABO

    4

    MNS

    MNS

    50

    P1PK

    P1PK

    3

    Rh

    RH

    56

    ルセラン

    Lutheran

    LU

    29

    ケル

    Kell

    KEL

    38

    ルイス

    Lewis

    LE

    6

    ダフィー

    Duffy

    FY

    5

    キッド

    Kidd

    JK

    3

    ディエゴ

    Diego

    DI

    23

    Yt

    YT

    6

    Xg

    XG

    2

    スキアンナ

    Scianna

    SC

    11

    ドンブロック

    Dombrock

    DO

    10

    コルトン

    Colton

    CO

    4

    ラントシュタイナー-ウィーナー

    Landsteiner-Wiener

    LW

    4

    チド/ロジャース

    Chido/Rodgers

    CH/RG

    9

    H

    H

    1

    Kx

    KX

    1

    ゲルビック

    Gerbich

    GE

    13

    クロマー

    Cromerh

    CROM

    21

    ノップス

    Knops

    KN

    14

    インド

    Indian

    IN

    6

     Ok

    OK

    3

     Raph

    RAPH

    1

    ジョンミルトンハーゲン

    JohnMiltonHagen

    JMH

    8

     I

    I

    1

    グロボシド

    Globoside

    GLOB

    3

    ギル

    Gill

    GIL

    1

    Rh関連糖タンパク質

    Rh-associated glycoprotein

    RHAG

    6

    FORS

    FORS

    1

    JR

    JR

    1

    LAN

    LAN

    1

    ヴェル

    Vel

    VEL

    1

     CD59

    CD59

    1

    オーガスティン

    Augustine

    AUG

    4

    カノ

    Kanno

    KANNO

    1

    SID

    SID

    1

    CTL2

    CTL2

    5

    PEL

    PEL

    1

    MAM

    MAM

    1

    EMM

    EMM

    1

    ABCC1

    ABCC1

    1

    Er

    ER

    5

    CD36

    CD36

    1

    ATP11C

    ATP11C

    1

    MAL

    MAL

    1

    PIGZ

    PIGZ

    1

    表1:国際輸血学会が認定している48種類の血液型の一覧 (※抗原の数は各血液型における型の種類数ではないことに注意) 


    【参考文献】
    ●Duval, et al. "A null homozygous mutation in PIGZ leading to a free glycosylphophatidylinositol (GPI) deficiency causes a novel rare blood phenotype and mild intellectual disability". Vox Sanguinis, 2025. 120 (S1) 90-91. DOI: 10.1111/vox.70030

    ●Martin L. Olsson & Jill Storry. "Gwada-negative: the rarest blood group on Earth". The Conversation.

    ●"Table of blood group systems". International Society of Blood Transfusion.
    画像

    サイエンスライター

    彩恵りり Rele Scie

    「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。

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